以前に『つみきのいえ』を観た、ということでこんな記事を書きました。
その中で、映画を観る前や本を読む前には、
まずは、ノーミソに 『質問』 を投げておく・・・ということを書いたのですが、
今日はそのその続きで。。。
このストーリーは、温暖化への警鐘も織り込んだ作品だと、誰か(テレビ?)が言ってたので
その視点でも見ていました。
《ストーリー》
海面の水位があがるとともに、家を高く高く積み上げていくおじいさん。
そして、パイプ(原作は大工道具?)を水の中に落としてしまい、
それを拾いに、おじいさんは、深い深い水の底へと潜っていく・・・。
1階潜るごとに、そこでともに過ごした家族たちが回想のように
出てくる。奥さま、子供、ひ孫たち・・・。みんな笑顔で幸せそのもの。
昔はあんなに楽しくて、幸せで、キラキラしていたのに。
気が付くと、高く高く積み上げられた家に、今はおじいさんは独りぼっち。
・・・・・。
何ともいえないせつない感情があふれてきた。
水位があがることで温暖化を連想させるけど、
単にそれとひとくくりにできない、何ともいえない曖昧な、もやもやとした、
いろんな複雑な思いがふつふつと湧き上がった。
家族のいとしさ、大切さ。独りぼっちでいることの、空虚感。
人は、一人ぼっちじゃ、豊かに生きられない。
これも一種のアンカリングだと思った。
水位があがる(温暖化) = 家族がどんどんいなくなる = 独りぼっち、悲しい、さみしい・・・
水位があがることと、さみしいという感情は、直接のつながりはないけれど、
無意識の部分でそれをつなげる。
ミスチルを聴くと、大学の頃の、なんともいえない気持ちがよぎる、とか
セブンスターのをかぐと、特定の人を思い出す。。(´▽`;)などなど。
人にはそれぞれ、過去の記憶や感情を呼び起こさせるアンカーがあって、
それが視覚的なものだったり、匂いや音など感覚的なものであったり。。
この映画も、そういう側面で捉えると、面白いなぁと思いました。
個人的には、家族やまわりの人達を、今大切にしたい、
という感情が残った、せつなくも、すてきな作品でした。
» 2009 » 11 月 » 08のブログ記事
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